やっぱり北が好き
13日目 2026年5月23日(土)
夜に着いたからよくわからなかった道の駅「おおさと」。昔ながらのよくあるタイプの道の駅でした。布団3枚掛けで何とかしのいだ夜。今日も冷たい風が吹いている。昨日が底として、まだ2日ばかりは寒そうだ。

東日本大震災の爪痕をたどるべく海岸よりを北上します。
南三陸自動車道っていつからこんなに延伸してたの?料金がいらない自動車道、タダってのはすばらしい。車も少なく、快適そのもの。
震災遺構となっている(将来的なことは決まっていないらしい)南三陸町防災対策庁舎跡。震災後間もない2013年と2014年に訪れています。2014年の画像がスマホに残っていました。

だだっ広い平地に無残な姿でポツンと建っておりました。あれから12年。
今は整備が進んで付近一帯が道の駅化されておりました。

インパクトのある建物は当時の写真や証言を集めた「南三陸311メモリアル」などが入っています。その横には、

南三陸さんさん商店街。昼どきなので賑わっています。

海産物販売店と海産物飲食店が中心。できたころはよくTVでもやってた。
願わくばもう少し賑わってほしい。海鮮丼などはそもそも高価ではありますが、賑わってほしい。
数ある店舗、メニューから私が選んだのは

サーモンいくら丼定食(1,600円くらい)。
さてあの防災対策庁舎はどこへいったの?

海に正対する防潮堤、そこに流れ込む川にも同じ高さの堤が辺りをしっかりガードしています。復興祈念公園を歩くと、

おー、ありました。堤防の高さと建物の屋上の高さが同じくらい。
地味に、ひっそりとたたずんでおりました。

先にあげた12年前の写真と比べると鉄骨がまろやかな色になっている。しかしすさまじい力で折れ曲がった鉄骨と3階の事務機器がそのままになっているのが痛々しい。この庁舎の屋上に上がった人達はちょうど人の背丈ほどの高さまで海が押し寄せたため、津波に飲まれた方が43人。生存は10名でした。

公園の一番高い丘には慰霊碑が。
12年前には不思議と感じなかった津波の恐怖。今の方が恐ろしい。中規模の地震が今も群発しているからなのか。海辺にいて大切なのは常に地震が起きたら、津波が来たら、どこへ登るかを頭に入れておくこと。この場所でいえば少し先の小学校(きっちり指示板がでています)。

あそこまで波が来るようならもう地球は割れている。

しかしまだまだ復興半ば、私にできることは、せいぜい現地の旨いものを食べてお金を落とすこと、か。
海鮮屋さんでホタテの刺身を所望、420円。


これがバカうま。なお、右の写真は購入者にもれなくついてくるアラみそ汁。これも鮭が入ってバカうま。そのほかに豆大福など食べ歩き。
やっと日差しも出て車内も暖かくなって昼寝ができました。
さて、これから先、道の駅はいくつもあるが、入浴施設が極端にない。何とか探し当てたのが、8㎞ほど先にある「平成の森」。サッカー場や野球場などの施設に合宿所も兼ね備えており、そのうち合宿用?の風呂が一般にも開放されているという。

お値段300円。助かりました。ありがとうございました。
本日のねぐらは道の駅「大谷海岸」。

リニューアルされたらしく、きれい。

海が目の前ですから、当然津波時の避難先を確認しておきます。

アニメ「すずめの戸締り」の聖地らしい。知らん。

2階に海が望めるテラス。オシャレなんですわ、きょうび。

決してオシャレではない車内食。

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